静かな世界に響く、一つの音

自分の趣味全開で書いていく、そんなブログです。

【物語】青い空は春風とともに 前編

 風を全身で受けるように両手を広げる。耳を澄ますとさわさわと草や葉っぱが身をこする音を感じた。目を開けるとまばらに広がる雲と隙間から見える青いコントラストが何とも言えず、ただ見上げていた。ときたま差し込む太陽に陽が肌を熱くさせる。その心地よい暖かさが春の始まりを告げていた。

 視点を上から下へと移動させる。そこにはこの町がすべて見渡せるような光景が広がっていた。町が一望できるといえば聞こえはいいが、この景色を見てもそうは思えなかった。黒、茶色、白、いろんな色が混ざり合っていてそれはカオスとでも言うような情景を生み出していた。

 僕はこの町が嫌いだ。だからかもしれない、この風景が汚れて見えるのは。この丘は町が見渡せるスポットとして隠れた人気を持っている。でも僕が見に来たのはここから見える空だった。町で一番高い場所で見る空はそこら辺の家の間から見る空よりずっと高く見えた。おかしいだろう? 高い場所から見てるのにさらに高く見えるなんて。でもそう感じたんだ。嫌いな町と好きな空が一緒になって見える場所。そんな両極端なところが僕の心に似ているなと思う。嫌いな学校そして好きな――。

「けーちゃん、待った?」

 

 後ろから鈴を転がしたかのような声で話しかけていた。

 僕は振り向くと視線を合わせられず、うつむきがちに

「いいや、さっき来たところ」

 と答えた。

「だんだん暖かくなってきたね」

 そういうとハンカチで汗を拭った。

 彼女の肩まで伸びた髪がサラサラと揺れ動く。よく見慣れた学校の制服。男子とは違う、そのスカートからすらりと伸びる足……て何を考えてるんだ僕は。そうじゃない、そうじゃない。僕は一大決心をして彼女を、ゆうちゃんを呼んだ。

「ここの場所はいいよね、町が遠くまで見渡せて自分の町でも違って見えるよ」

 しまった!! なんか思っていたことと違うことを言ってしまった。

 彼女はハンカチをしまって前髪を整えていた。

「そうだね、いつもより綺麗に見えるね。――それで今日はなしたいことってなにかな?」

 彼女の方から話を振ってきた。

 彼女は自然にふるまっているつもりだが、僕にとってその首をかしげる動作も愛おしく見える。そうだ、僕はゆうちゃんのことが好きだ。嫌いな学校、嫌いな町、そんな中で見つけた大きく輝く一番星のように。

 きっかけは単純だった。同じ図書委員になったこと。それで話をするようになって、それで……いつの間にか好きになっていた。恋なんて僕には関係ないことだと思っていた。そんなのはどこかの誰かが言い出した妄言か何かだと今の今まで考えていた。でも考えるようなことじゃないってことに気づかされた。そうまるで病気にでもなったかのように頭の中が彼女を思うことで心がいっぱいになった。早く病気を治さなければと思いつつそれはいつになってもできそうになかった。言葉にしてしまうと消えてしまうそうで、心に留めておくにはつらくてずっと考えていた。

 そして今日この気持ちを伝えようと思った。逃げ出したくなる心を必死に捕まえて、短い言葉を紡いだ。

「今日の放課後、あの丘で話があるんだ」

 そういって心より先に足が動いてその場を逃げるように後にした。

 さーっと僕と彼女の間に風が吹く。

「ゆうちゃんに伝えたいことがあるんだ……」