【物語】両手いっぱい、心はからっぽ
「ねぇねぇ、おじさんどうして赤い服を着てるの?」
ダウンジャケットを着なければ寒さが身に染みる12月末の冬の日のことだった。
そこには自分の背丈の倍ほどもある赤い服を着たおじさんが立っていた。
「おじさんが赤い服を着たらいけないのかい?」
あごから伸びるふさふさとした長く白いひげを撫でる。
「だって真っ赤なぼうしに真っ赤な上着、真っ赤なズボンにおまけに大きな袋を担いでる、どこからどう見てもおかしいでしょ?」
少女は疑問に思ったことをそのままぶつける。
ひげを撫でるのを止め少女を目を見つめ答える。
「確かにこんな格好をした人はこの町では見かけないね、でもそれの何がいけないのかい?」
少女はすぐさま答えた。
「いけないわ、だってみんなと違うもの。違うことはいけないことだわ」
おじさんは考え込むようにうなる。
「うーむ、そうだな。違うことがいけないなら、同じことならいいんだね?」
「そうよ、きれいな洋服、きれいな靴、きれいなアクセサリー、みんなそういうものを欲しがるわ。なら同じものが欲しいってことでしょ?」
少女は張り切って答える。
おじさんは悩みながらひげを何本か抜いてしまった。
「そうか、同じものが良いか……。じゃあ君が欲しいものはみんなが欲しいものってことなんだね?」
少女はさっきまでの勢いを失くし黙ってしまった。
おじさんはその様子を見て優しく問いかける。
「君が欲しいものは何だい?」
「私は、……。みんなが欲しいものは私も欲しいわ、でも私が一番欲しいものはみんな持ってるの」
少女は重い口を開く。
「パパとママがいないの。でも家にはおじいちゃんとおばあちゃんがいるわ。優しくしてくれる、でも私がぎゅってしても撫でてくれるだけ、本当が抱きしめてほしいの。パパとママがいればきっと抱きしめてくれる、泣いてるとき、さびしいとき、いつだってママのお菓子の甘い匂いがする服にぎゅってするの、そうしたらそんな気持ちが吹き飛んじゃう。うれしいとき、楽しかったとき、仕事帰りのパパの油臭い仕事服にぎゅってするの、そうしたら優しくぎゅってしてもらって今日あったことを話すの」
少女の口から思いが溢れ出た。
おじさんはその思いを受け止め再び問いかける。
「君が一番欲しいものは何だい?」
「私はパパとママが欲しい、だって、……」
少女の答えを遮るようにおじさんが言う。
「それはみんなが持っているからかい? それとも、おじいさんやおばあさんがぎゅっとしてくれないからかい? それともほかにも理由があるのかい?」
少女は戸惑いながら答える。
「みんなパパとママがいる、私だけいないなんていや。おじいちゃんとおばあちゃんにぎゅってされてもみんなの顔が浮かんでくるの。なんでパパとママじゃないんだろうって。みんなにあって私にないもの、それがパパとママよ」
おじさんは少女の目を真剣に見つめ最後に問いかける。
「じゃあ、おじいさんとおばあさんがパパとママになったらいいのかい?」
その目に少しおびえながら答える。
「……そうよ。おじいちゃんとおばあちゃんがパパとママになれば私はみんなと同じ、優しくぎゅってしてもらえるの」
「わかった、その願いを叶えよう」
そういうと袋をどさりと地面に落とし広げる。中は空っぽだった。
少女はわけが分からないまま尋ねる。
「本当に、叶うの……?」
「ああ、そうさ」
そう答えると少女を袋に入れた。
少女は夢を見ていたみたいだ。目が覚めるとママの膝の上で眠ってたらしい。
「あら、起きたのね」
優しくしゃべりかけてくる。
「うん」
私は嬉しくなって抱きついた。
「あらあらどうしたのかしら、この子は」
夜になってパパが帰ってきた。
「パパー」
玄関で靴を脱いでいるパパに抱きつく。
「おいおい、どうしたんだ」
振り返って抱きしめてくれた。
「うん、あのね……」
少女は気付かない。自分がお人形遊びをしていることに。
「その前におかえり、だろ」
「うん、おかえり」
両手を使って右手には自分を左手にはパパを握っていた。
後ろから優しくぎゅっとされても気づかない。おばあさんは後ろから強く抱きしめ、おじいさんはずっと声をかけ続けている。二人の目は涙を枯れるということを知らぬように流れ続けていた。
「さてと、次の場所に行くとするか」
そう独り言のようにつぶやく。
「今回の女の子の心は随分と重かったな、袋がパンパンだ」
袋を担ぎ、まだ残る雪を踏みしめる。彼がいたことを示すのはこの足跡だけだろう。そしてやがてそれも消えてしまう。彼の存在を誰も知ることはない。ただ、姿かたちは知っている人は知っているらしい。その恰好をしたものを「サンタクロース」と皆が呼ぶ。12月24日に彼は袋を担いでどことなく現れる。定かではないが、その袋には夢があるといわれている。
おわり。