静かな世界に響く、一つの音

自分の趣味全開で書いていく、そんなブログです。

【物語】青い空は春風とともに 中編

 

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 さわさわと木の葉が揺れる音がする。どうやら眠っていたようだ。後ろには樹齢何百年もありそうな、大きな樹がそびえ立っていた。私は起き上がり、樹に手をつく。表面はたわしのようにざらざらしてて撫でるには痛い。手を当てながら思う。ここはいつまで経っても変わらない。ずっと昔からこうだった。公園からちょっと離れた、この樹の周りを走って転んだ時も、原っぱに仰向けに倒れて葉っぱの隙間から光が差し込み、空が輝いて見えた時も変わらず私を見守っていてくれた。

 それでも私は変わってしまった。ここから見える風景は子供の頃とは違い、よく見渡せるようになった。遠くまで。子供の頃は無邪気に遊んでたけど、今じゃそんなことはできない。何をしてるんだろうって思ってしまう。理由もなく遊んでいたあの頃、理由がなければ遊べない今。どっちがいいかなんて決まってるよね。ずっと子供のままでいたかった。

 そんな理由で私はここにいる。よく思い出すのは一緒に遊んだ少年のこと。名前はけいすけと言った。なので私はけーちゃんと呼ぶことにした。昼から夕暮れまで遊んだ。かけっこや原っぱをごろごろしたり、そこらへんの木を登ろうとしたりと思い出すときりがない。でもそんな日は長くは続かなかった。少年は引っ越してしまった。お別れの言葉は「また遊ぼうね」という簡単でとても難しい言葉を残していった。

 私は嫌になった。大切なものが消えていく感触は、ナイフで切られるような痛みではなく、針で刺されるような痛みだった。家に帰っても両親は仕事で忙しく、たまにしか会えない。そんな中できた友達だった。私はまた一人ぼっちになった。学校では何人の友達がいたけどやっぱりそれは学校の中での話で帰ると一人だった。それは普通のことかもしれない。でも子供だったあの頃は受け入れることができなかった。

 

 私はこの町が好きだ。いつまでも見ていたいくらい。でも変わっていってしまう。発展の為といい、今までそこにあるのが当たり前だったものが消えていく。

 とげがちくりと刺さる。

 学校も小学校六年間終わると友達の一人が違う学校へ行くことになった。

 とげがちくりと刺さる。

 中学校三年間で友達が増えた。でも卒業と同時にみんなバラバラになった。

 とげがちくりと刺さる。

 高校でまた新しい友達ができる。でもこの先を思うと怖くなる。変わらないではいられない。どんなに好きでも離れていってしまう。町も人も。だから私は距離を取ることにした。友達だけど親友とは呼べない関係、そんなあいまいな距離で過ごしていく毎日。これでいいんだと自分に言い聞かせながら。

 そんな中、私は図書委員になった。これは強制的で誰もがみんな入ることになっている。選んだ理由は特になかった。あるとすれば静かだということかな。そこで同じ図書委員の人とあいさつをする。

「よろしくね」

「……うん、よろしく」

 そんな当たり前のあいさつだった。

 でも彼を見ていると懐かしい感じがする。どうしてだろう。彼の顔がいつの日かの少年に重なって見えた。黒板に書かれた名前を見ると圭介と書かれていた。私たちは偶然の再会を果たしたことになる。でも彼は覚えていなくて、初対面の人と接する態度そのものだった。そしてあの頃の活発さはみじんも感じられなくなっていた。それでもよかった。私の大切なものはまだあったんだと思えた。

 それから委員会の度に顔を合わせ、話をし仲良くなっていった。最初はぎこちなかったけど今では仲のいいと呼べる仲だと言えると思う。あの頃のように名前で呼び合っている。

 けーちゃんとゆうちゃん。私が望んだ変わらないものがそこにあった。ただ最近のけーちゃんはどこか挙動がおかしい。ある日の昼休みの時間にけーちゃんが来た。

 そして「今日の放課後、あの丘で話があるんだ」と言い残し、すたすたと歩いて行った。いくら鈍い私でもなんとなくわかってきた。けーちゃんは告白するつもりだと。それも私に対して。でも心の中に喜びは生まれなかった。大切なものはいずれ消えてしまう。それなら眺めるだけでいいと思っている。私は誰に対しても距離を取ってきたつもりだった。仲良くなりすぎないように。こんなことになるのが怖かったから。放課後まであと三時間といったところだった。四角に切り取られた風景は青い空とまばらに散らした雲が広がっていた。

 チャイムが鳴る。いつもより味気なく感じた。私はすぐに動く気にはなれなかった。私の心は船の上のようにふらふらと揺れていた。何をどうすればいいか。選択肢は二つだった。でもそのどちらも選ぶ勇気は今の私には無い。ただ時間だけが過ぎていった。答えの出ないまま、のろのろと立ち上がり丘へと向かう。

「けーちゃん、待った?」

 いつもと変わらぬ口調でいつものように話しかける。

「いいや、さっき来たところ」

 そういってるけど結構待ったはず。私が教室で悩んでいた時間分。丘を歩いたせいか首が汗ばんでた。

「だんだん暖かくなってきたね」

 私はそういいながら、ハンカチで汗を拭った。この前まで肌寒いくらいでちょうどよかったのに。そんなことを思っているとけーちゃんが言った。

「ここの場所はいいよね、町が遠くまで見渡せて自分の町でも違って見えるよ」

 けーちゃんは自分で言った言葉で驚いた顔をしていた。どうしてだろう。私は深く考えず言葉を紡ぐ。

「そうだね、いつもより綺麗に見えるね。――それで今日はなしたいことってなにかな?」

 私の心は山の空模様のように変わっていく。自分でもどうすればいいかわからない。でも答えを出さなければいけないことだと思う。砂時計の砂は残りわずかだった。

 ざざーっと木の葉をゆすり、私とけーちゃんの間に風が流れる。それを合図にけーちゃんの口が開く。

「ゆうちゃんに伝えたいことがあるんだ……」

……私は――。