静かな世界に響く、一つの音

自分の趣味全開で書いていく、そんなブログです。

【物語】それは夏の日のこと 空に花が咲いた

 カランコロンと足元でリズムよく音が鳴る。周りの人より少し遅れたテンポで歩く私。生まれて初めて浴衣を着た。その感想として出てきたのは歩きづらいという女の子らしくないものだった。

 たしかに呉服屋で見たとき、普通の服では見ることはない色がたくさん並んでいた。どれもこれもみんなきれいで胸が躍った。その中で水玉模様の空色した浴衣が目に付いた。他にもいろんなものが並んでいるにも関わらず、もうその浴衣しか見えなかった。私はいつもそうだった。みんないいな、どれにしようかなとか悩むことはない。私にとってみんないいは、どれでもいいというもので、それなら買わなくていいと思ってしまう。

 

ラジオでいうなら周波数が少しずれて雑音が混じった状態がそれだと思う。私がいつも買うのは周波数がぴったりと合ったものしか買わないし、買えない。雑音だらけの洋服を買ったって何の意味もない。何が流行とか、今年のおススメとか、そんなことは雑音にしか聞こえなくて、手に取るものはダサいとか、一風変わってるとか言われてみんなとの周波数は違うところにあるんだと実感することがある。それでも私は自分がこれだと思ったものしか買うつもりはない。

 手に取った淡い空色した浴衣は水の波紋が広がるように模様が描かれていた。私はこれを買い、今すぐ着付けをしてもらった。待ち合わせまでだいぶあるなと思いながら歩いていると、ふと違和感を感じた。人の波に流されるように歩いているつもりが、一人だけその波に乗り切れないことに気づいた。スニーカーしか履かない私の足元は下駄が履かれていた。下駄を少し浮かせて滑らせるように歩く。足で歩くのではなく、体全体で歩く感じだった。さらに浴衣が歩幅を短くさせていた。裾の部分でこれ以上広げないで下さい、とでも言わんばかりに私の足に絡みついてきた。そんな違和感を引きずりながら待ち合わせ場所にたどり着いた。

 目の前を魚の群れみたいに泳いでいく人たち。それを眺めて腕にふと目をやると時間まであと少しだった。最初ころはまだまだ時間があると思っていたのに。水族館にいるように景色を眺めて思うのは、その一人ひとりには気にもかけないというものだった。みんなそれぞれの思いで着飾っていたりするはずなのに、切り取られた窓枠の景色のような、ただそういうものなんだというなんとも醒めた感情で、誰かの知らない写真を見せつけられた思いになった。ふいに肩を叩かれる。振り向くと待ち合わせ相手がいた。

「待った?」

 そんな軽い言葉とともにはにかむような笑顔が送り付けられた。

「そんなことないよ」

 実際、数分だろうが数十分だろうが気にしないだろう。それが時間に変われば話は別だが。

「じゃあ、いこっか」

 そういって私の手を握ってきた。離れないように、流されないように自然と繋がれた手はとても温かくそれだけで心拍数が上がった。一緒に並んで歩くわけではなく、私はその少し後ろを歩いていた。人波は二人分のスペースは作ってくれなかった。それでも手から感じるぬくもりが二人が一緒だということを証明してくれた。

 たどり着いた先にはいろんな店が並んでいた。ヨーヨー釣り、金魚すくい、片抜き、射的とあげるときりがない。

「最初に何か食べる?」

「食べるのは後でいいよ、先に遊ぼ」

 私の目には食べ物より縁日でしか味わえない遊びが楽しみで仕方なかった。ヨーヨー釣りは二個取ったところで糸を濡らしてしまい三個目を取ろうとしたとき切れた。一個渡すとありがとうと言い、手の中でぱしゃぱしゃと跳ねさせる。チープな音が周りの雑踏に溶けて消えていった。

 金魚すくいは一匹も掬えなかった。それを見て、任せてよといいお金を渡してポイを受け取る。その手さばきは慣れたものだった。いや、お金と引き換えにポイを受け取ることが、じゃない。金魚を掬う手さばきが、だ。二匹、三匹とどんどんと掬っていく。最終的に四匹も掬った。はい、と言って金魚が一匹入った袋を渡してきた。その手にはもう一匹入った袋があった。四匹掬ったにもかかわらず、二匹を戻してきた。なぜか、と問うとだって祭りの最後まで金魚がいなかったら子供たちが悲しむでしょ、と答えた。それもそうかなと思う。そしてその優しさが人を引き付ける。花に集まる蝶のように。私もその蝶の一人なのかなと思ってしまった。

 片抜きは端からちょこちょこと攻めていったにも限らず、いきなり音もなく割れてしまった。まるでこのちょっと先の未来を表してるように。その隣では綺麗に型抜かれたものがあった。何の形かは分からないが、形になっていた。沈んでる私にいきなり口を開けてと言ってきた。わけも分からないでいると、その形を放り込んできた。びっくりした私は口をもごもごさせて飲み込んだ。美味しかった? そういわれて味が分からなかったと答える。そしてどうして店の人に渡さなかったのか聞いてみると、別にそんなことはどうでもよかったなんて言った。バカらしくて頭が痛くなる。あんな複雑な形をしてたらかなり上位のものだったに違いないのに。

 射的はスナイパーばりの活躍を見せた。取ったぬいぐるみを見せるとかわいいねと言った。それならと思い、ぬいぐるみを押し付ける。さっきのお返し。びっくりした顔にちょっと照れたような笑みを浮かべる。

 結局屋台で食べ物を食べることはしなかった。そのかわり、ちょっとした坂を上った。ちょうど手を引っ張られるようにしながら。そこは、さっきまでの雑踏が嘘のように静かだった。少し離れただけでもこんなに変わるんだ。そう思って隣を見ると何かを待っているように空を見上げる。私もつられてその景色を見る。ちょっと高い所から見る景色はまるで違うように感じた。子供の頃にジャングルジムの上から見る景色と重なって見えた。そしていきなり空は明るくなった。それに遅れて空気が震えるようにして轟音を伝えた。空に花が咲き、うたかたのように消えていく。花火だ。

「よく見えるでしょ、ここはお気に入りの場所なんだ」

 そういってまた空を見る。確かにここは知る人ぞ知る場所なんだと思う。だってこんな大きく花火が見えるのに辺りには人がいなかった。しばらく空を見ていた。咲いては消え、咲いては消えを繰り返していた。

「もうそろそろ終わりだね」

 そう言われて時計を見ると結構な時間が経っていた。これが最後と言わんばかりに連続で空に打ち上げられる。それに見とれていた私に突然声がかかる。

「ねえ……」

「なに――」

 私達の影は重なっていた。花火が鳴りやむと自然と離れる。そして一つの言葉が聞こえた。

「好きだよ」

私と彼女は繋がる手を離せば消えてしまう、そんな関係だったけど、一つの言葉が私たちをぎゅと抱きしめた。

「私もだよ」

 そう答え、もう一度影は重なる。

 この先のことなんて分からない。でもこれだけは分かる。今、私と彼女は繋がっている、心と心で。