【物語】空のように移ろいゆく思い そして、
立ち並ぶ商店街の店たち。人はまばらで昔はあんなのだったのにと思いたくなるような気持ちだった。同じ場所に住んでいても徐々に変化していく町の形がわかる。それはとても悲しいようで寂しい思いが胸の中で膨らんだ。変わっていく町並みを見ていると思い出を壊されゆく感覚に襲われる。この町で育った証、子供のころ遊んだ場所や買い物した場所、小さな記憶が星のように瞬いて消えていく。
商店街の店と店の間のシャッターでしまっている店の前で子供が一人立っていた。ちょうど小学生になりたてのような体をしていた。人はそれを気にせず通り過ぎていく。それもそうか、と思い子供に近づく。
「ねえ」
私は話しかけた。子供はこちらを見上げるようにして口を開く。
「あんたは俺が見えるのか?」
子供らしくない口調で答える。
「ええ、私は消えてしまった思いの欠片を見ることができるの」
そう人が聞いたら、何言っているんだこいつは、と思われることを言った。
「そうか、俺の思いを、か。なら一つ聞いてもいいか? もし明日死ぬとしたらどうする?」
真剣な顔で言う子供の口から出てきた言葉は意外なことだった。私が見ることができる思いの欠片とはよく言えば死んだ人が最後に心に残った疑問、悪く言えばそのほとんどは怨念でできている。だからこの質問は珍しいものだった。透き通る氷のような思いは私を考えさせる。何故なら質問されたことが初めてだからだ。今までは恨み言を呪文のようにつぶやき話せる状況ではなかった。それでも思いの欠片に触れ合うのは変わっていく思い、変わらない思いというものを探していたからだ。
「明日死ぬとしたらどうするか、考えもつかないかな」
そう答えながら頭の中でイメージする。明日死ぬとしたら、それは自分の意志だろうか、それとも周囲のからの圧力でそうなるのか、それによって答えは変わる。
「俺はいつも死ぬ思いをしながら生きていた。ここに店を構えたときからそれは始まっていた。商売は簡単じゃない、そんなことはわかり切ってたことなのにいつの間にか疲れちまった。目の前の柱に括りつけられた縄があった。それに手を掛け首に持ってった。足場が崩れるともがくように体を震わせた。息ができない中じわりじわりと死が近づいてるのを感じてた。でもその中でふと思ったんだ、もし今日生きられたら明日どうするんだろうって。死ぬときだってーのに生きることを考えちまった。そしたらここに居たんだ。それで自分の行動があれでよかったのか聞いてみたかった。その思いがお嬢ちゃんと会わせてくれたんだ」
昔を思い出すように遠くを見つめながら話していた。そして私の中でさっきまでばらばらだった欠片を組み合わせていく。明日死ぬとしたらどうするか、その思いは私の中で一つの答えとなって出てきた。
「明日死ぬとしたら私ならどうにもしない、というのが答えかな。病気や事故で死ぬことになってもそのまま受け入れる。私だってそうだけど他の人だってそう、思いがいっぱいになることはないんだよきっと。生きていれば生きてるだけ思いは溢れてくる、湧き水のように。それが生きてるって証だから。でもね死ぬから全部捨てようとか、全部受け止めようとか言うのは違うと思うんだよね。どっちにしろ叶えられないなら今まで通りでいいや、て思っちゃった。そこらへんは人それぞれだと思うけど。私は私らしくあるために自然のままに最後まで生きたい。それが私の思いかな」
それを聞いた子供はぽかんとした表情で私を見つめる。そして納得がいったような満足そうな顔をした。
「そうか、そうか。俺は思いを全部抱え込んで死んじまったってことになるのか……。溢れる思いにおぼれそうになりながら必死で息をしてそれで最後は沈んじまった。他のやつらもおぼれそうになりながら、逆に空っぽになるよう捨てながらこっちに来ちまったのかもしれないな。目に見えないものにおびえ恐怖して結局選べないから、すべて壊してしまおうとしたわけだ、俺も」
子供の形をした思いの欠片は徐々にその姿を変え、全身から光の粒子を放つ。
「お嬢ちゃん、ありがとう。おかげでぐるぐるしてた気持ちがさっぱり消えたぜ」
そういうと蛍のように光が散り散りになっていく。そこには最初から何も存在しなかったようにきれいさっぱり消えていた、思いとともに。
さっきまでしてたやり取りを思い出しながら思う。自分の言っていたことは理想論だと。こうできたらいいなで終わってしまうそんな夢物語。それでもきっと明日死ぬとしても、私は空に浮かぶ雲のように自然に流され消えていく。そんな終わりがいいなと思いつつ茜色に染まった商店街を歩いていた。