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静かな世界に響く、一つの音

自分の趣味全開で書いていく、そんなブログです。

【物語】世界滅亡というばかげた戯言と俺とアイツ 

物語

「世界が滅亡するってよ」

 どこかの誰かがそう言った。ノストラダムスの予言とか2000年問題とかマヤ文明とかそういったのはもううんざりだった。世界なんて勝手に滅亡してろって話だ。俺には関係ない。机にうつ伏せて腕を枕にし眠ったふりをする。ばかばかしい。なんでそんなことで盛り上がったりできるのだろう。滅亡しようとただ死ぬのが早くなるだけのこと。そんなに怖いのかそれとも話題が欲しいだけなのか。

 ウワサごときにざわつくみんなに問いかけたい。もし滅亡するとなったらどうするのかと。お前は何か行動を起こすのか?世界を救って見せるのか?ちっぽけな存在のお前らがそんなことできるのか?できないだろう。ただその話題で盛り上がりたいだけだろ。自分ならどうする、こうする、そんな妄想を垂れ流し続ける。じゃあその妄想に付き合ってやろう。俺ならどうするか。俺なら……。そう考えようとしたときホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴る。机から顔を離し、黒板に書かれた乱雑な文字を読む。

 

<世界が滅ぶ。人類に救済を>

 見た瞬間頭が痛くなった。どこかの宗教かと突っ込みたくなる。それは神への懇願か?ならこれを書いた人物は相当痛いな。神を頼ったところで何も変わらない。滅ばなかったら、神の救済とでも言うつもりか。逆に滅んだら、神はいなかった、なんて言葉を残して死ぬつもりか。

 担任の教師が入ってきて早々黒板の文字に気づく。黒板のわきに置いてある黒板消しを取ると素早く消し去る。実際予言なんてこんなものだ。終わってしまえば跡形もなく消えてしまう。あの頃はウワサで盛り上がったよなとか、俺マジで神に祈ったよ、なんてばかばかしい会話が繰り広げられるに違いない。流行と同じ。過ぎ去ってしまえば過去のものになり、誰も話題になんてしない。今だからざわつくことが出来るのだ。

 担任の話は右から左へと聞き流しながら考える。さっきまで考えていた俺なら何をするかを。イラつく思いが頭の中をかき乱す。そのイラつきをいらない紙を丸めるようにぐしゃりと押しつぶした。そうだ、一つ思いついた。今まで本気でやったことないことをやろうと。

 みんなが待ちに待ち望んだ昼休み、俺はアイツに声をかけた。

「よっ!」

 いつも通り、アイツを中心に三、四人の集まりが出来ていた。

「どうしたんだ、お前から話しかけてくるなんて。明日には雪か槍でも降るんじゃないか?」

 朗らかに笑って軽口をたたく。

「放課後に用事があるんだ、空いてるか?」

 俺の真剣な問いに何かを感じたのか目をひそめるようにして考える。

「ああ、全然大丈夫だ。どこに行けばいい?」

 回りの友人たちはこちらを気にしながらパンをもそもそと食べていた。

「屋上でどうだ?」

 特に考えもしなかったが、まぁ場所として悪くないだろう。

「おっけー。じゃあ適当な時間になったら向かうわ」

 そういって話は終わりというように友人との会話に戻る。

 俺はそれを見て自分の席へと戻った。放課後まであと三時間ちょいか。そんなことを考え、制服の内側のポケットから生徒手帳を取り出す。ぱらぱらとページをめくり目的のものを見つける。それは俺とアイツが一緒に写ってる写真だ。男二人が一緒に写ってるなんて気持ち悪いだろう。しかもそれを見つめながらにやにやしてたらなおさらだ。だが俺にとって大事な出来事の一つだ。この学校にきて誰にも関わるつもりはなかった。さらに言えば誰かと一緒に写真と撮るだなんて一生ないだろうと思っていた。一年前に撮った写真は雑にしまっていたためか角が折れ、少しゆがんでいた。アイツとの出会いを思い出そうとしたが途中でやめた。そんなことをしても意味がない。今がどうなのか、それが一番大切なことだからだ。後ろを見てあの頃が一番輝いていたなんていう、思い出として扱うにはまだ早すぎる。そう思うと同じページに挟みポケットにしまいこむ。窓枠の四角に切り取られた風景を見て思う。放課後はいい夕焼けになりそうだなと。

 

 ギィと重苦しい音を立てて扉が開く。周りはフェンスで囲まれていていかにも屋上という感じだった。ここに来るのは久しぶりだった。用事がなければこんなところには来ない。余計なことを考えてしまいそうになるから。心地よい風が頬を切る。フェンスに近づき校門辺りを見下ろす。まばらに人が見える。帰宅部が帰った後に続く、友達と話しててちょっと遅くなった連中だろう。陽は傾き影が自分の身長より伸びる。影を背にあかね色に染まった空を見上げる。この色には感情を揺さぶる何かが含まれているのだろうか。なんでもないただの日常を、切なさという色に染め上げていく。後ろから軋むような音が聞こえた。振り向かなくても分かる、アイツが来たのだと。

「待たせたか?」

 最初に出てきた言葉がそれだった。それに対して俺は、

「いいや、ちょっと感傷に浸ってただけさ」

 いかにも恰好を付けた言い方をした。その言い方がおかしかったのか、アイツの口角が吊り上るのが見えた。

「で、用事ってなんだ?愛の告白でもしてくれんのか?」

 ふざけたように言う。

「……」

 少し固まってしまった。この間がいけなかったのだろう。

「マジなの……か?」

「そんなわけないだろ、変なことを言うからあきれてものが言えなかったんだ」

 間髪入れずに答える。愛の告白だなんて、気持ち悪くてきっとこのフェンスをよじ登って飛んだ方がましだろう。

「だよな、ちょっとあせったぜ……」

 冗談なのかどうなのか分からない表情をしていた。さてその表情を強張らせることにしよう、冗談ではなく本気で。

「俺たちはなんだかんだ仲良くやってきた、でも一つ足りない気がするんだ」

 言葉一つ一つに重みを掛ける。

「一緒に飯も食いに行ったし、バイクでの恐怖のツーリングだってした。こんな関係がずっと続くんだろうなって思う。心の中で一つくすぶってたものがあったんだ。これだけでいいのかって思いが。だからいきなりで悪いが――」

 話に耳を澄ましているアイツの顔面めがけて殴りつける。ガンっとでも音がしそうなくらいまともに直撃した。ここまで上手く当たるとは思わなかった。

「痛ってー、なにすんだよいきなり」

 よろめいた体勢を整え、頬に手を当て言う。まぁそうだろう、いきなりこんなことをされれば。

「つまりこういうことだよ、今まで口での喧嘩はあったけど殴りあうまでの喧嘩はしたことないよな。だからやってみたかったんだよ、本気の喧嘩というやつを」

 しばらく、と言ってもほんの数秒だが目を白黒させながら考えていた。

「お前もあのウワサを真に受けったってわけか……」

 一人で言いながら一人で納得していた。

「ならやろうじゃねぇか、本気の喧嘩ってやつを」

 そう言い終わると突進してくるように間を詰めた。驚く暇もなく、顎に衝撃が走る。

「つぅ……」

 これほどとまでは思わなかった。けどやめるつもりもない。頭がぐわんぐわんするがそんなの関係ない。気絶するまでやってやるさ。再び立ち上がり構える。

「そうこなくっちゃな」

  にやりと不敵な笑みを浮かべる。俺はとっさに後ろに下がった。さっきまで顔があった場所に右ストレートが決まっていた。危なかった、あと一歩遅ければ。そ う考えると冷や汗ものだった。素早い動きで間を詰めてくる。その瞬間も隙がなかった。何というか歩く城塞という言葉がぴったりだった。むやみやたらに仕掛 けても意味がない。ここぞというところで反撃するしかないと感じた。

 その感性は正しかった。俺は防戦一方だった。一撃食らえばコンボのよ うに二、三と連続で攻撃をもらった。ボディーブローから屈んだところをストレートが飛んできて終いには回し蹴りの要領で吹き飛ばされる。口の中は鉄をなめ た時の独特なピリピリが走っていた。俺の攻撃は最初の不意打ちの一撃しか決まっていない。実力差は明らかだった。でもやめるつもりは毛頭ない。それから唸 りをあげるパンチが頬をかすめたり、キックがガード越しに直撃してよろめいたりとこれはやばいなと実感してきた。けれどそれとは裏腹に心が躍っていた。な んだかとてつもなく生きていると感じられた。リアルタイムでの戦い、上がる息にふらつく足元、軋む腕に崩れそうな膝、このすべてが今という時間に収束され ている。そんな時間も終わりが迫っていた。

 防ぐのも限界に近づいていた。あと何発か食らったら立ってられないだろう。反撃のチャンスをう かがうもそんなのはどこにも見えなかった。もうガードで反撃を狙うのはやめだ。相打ち覚悟のカウンター狙いでいく。相手の動きをよく見て、右手だけを注目 する。右ストレートのカウンター狙いだ。ステップを踏むように体を揺らしてくる。足蹴りが耳元をかすめる。体が酸素を求めている。筋肉が休息を欲しがって いる。そして俺は――。そのとき右手が動いた。その瞬間俺は飛び出した。右手に渾身の力を込め放つ。

 

 気が付いたら空を見上げていた。左頬が腫れているように心臓の動きとともにずきんずきんとリズムを刻んでいた。ああ、終わったんだな、そう悟った。

「よう、気が付いたか」

 隣で腰を下ろしているアイツがいた。空を見上げるようにしていたが夕焼けは跡形もなくあるのは暗幕が下がったかのような真っ暗な天井だった。よく見れば暗闇の中にも小さく白く光るものが見えた。星だ。空が流している涙のように点々と瞬いていた。

「どうだ、本気の喧嘩をしてみた感想は?」

 体が地面とくっついたように動かなかった。それでも口だけは必死に動かす。

「……ああ、最高だった。今までで一番生きてるって感じた。世界滅亡とかばかばかしくなるほど楽しかった」

「お前がやりたかった理由は、そのばかばかしい世界滅亡とかをどうにかしたかったのか」

 そうだな、その世界滅亡のウワサを聞いておかしくなったんだ。どうにかしたいとかそんなのは思わなかった。ただ滅亡するなら何をするか自分に問いたらマンガみたいにばかばかしいほどの喧嘩をやってみたい、そう思ったんだ。

「理由は単純。どんなものか知りたかったんだよ、本気の喧嘩というやつを。今までは理由がなかった。そしてこのタイミングで理由と呼べるものが出来た。それを利用しただけさ」

  人間は理由がなければ行動できない。突然理由もなしに行動すればそれはおかしい頭の狂った人間だと思われる。誰もが理由を欲しがっている。そうだな、喧嘩 するにも働くにも生きるにも理由を求めずにはいられない。もしそれがなければ人間は生きていけないのかもしれない。理由とは自分を正当化する一つとして捉 えられる。俺もそれに乗っかった。生きている実感を求めて、真の友達を求めて。

「だけど……全身引きちぎれるように痛って……」

 その言葉は空に吸い込まれていった。

「最後に右ストレート惜しかったな、あとちょっとお前にリーチがあれば倒れてたのは俺の方かもしれなかったな」

 聞きたくもない真実を明かされやけくそになって叫んだ。

「俺たち親友だよなっ!!」

「ああ、そうとも。これからもずっとなっ!!」

 二人の声は重なり合って空に響いた。