静かな世界に響く、一つの音

自分の趣味全開で書いていく、そんなブログです。

【物語】「最後の一日をもう一度だけ」 奇跡はもういらない、私が奇跡になる

なっちゃん、置いてちゃうよ」

ゆいはそういうとたったったっと走り出した。

「待ちなさいよ、ゆい」

私もそういって走り出す。

二人して走る放課後のろうかは静かでまるで二人だけの世界みたいだった。

窓から差し込む夕焼けは私たちの影を伸ばし、いっそうセンチメンタルな気持ちにさせた。

かけっこは結局、校門まで続いた。

「「はあ、はあ、……」」

二人とも息を切らせ膝に手を当てていた。

「なんで突然走り出したりしたの?」

疑問に思ったことを口にする。

「だって今日だったらどんなに走ったって怒られないでしょ?」

はにかみながら言う。

確かにそうだ。

でも、そんなことしたって何の意味もないじゃない、と思いはしたが口にはしなかった。

いやできなかった。

 

「そう、でこれからどうするの、まだ夜まで時間あるでしょ?」

時計を見ると短針が4を指していた。

「うん、じゃあクレープ食べに行こうよ、走ったらお腹すいちゃった」

「まったく、いつもそれね、毎日のように食べてよく飽きないわね」

私たち二人は学校から帰る際、公園の脇で毎日のように見かけるクレープ屋で毎日のように食べていた。

「飽きないよ、クレープはご飯だもん。お米だよお米、飽きるはずないよ」

おやつはご飯とでも言うつもりかしら、まったくもってわからないわ。

「はいはい、わかったわよ。それじゃあさっさっと行きましょ」

私たちは並んで歩く。

いつものように今は散ってしまった桜並木を通りながら。

あった。

いつものように、いつもの場所で、いつもの看板を出して。

「よかったよ、今日もいたね。クレープ屋さん」

そういってまた走り出して看板をかじりつくように見つめる。

私は呆れながら後についていく。

看板にはカラフルにいちごやバナナ、ラズベリーにキウイなどがずらり描かれ並んでいた。

「ど、れ、に、し、よ、う、か、な」

指さしながら神頼みのように順番にメニューを選んでいる。

「そんなことしなくても、ゆいなら全部のメニュー制覇しちゃったんじゃないの?」

今年の春からこのクレープ屋を見つけた。

それからどれぐらい経っただろう。

そう思っていると「これに決めたーっ!」

ゆいの大きな声が響く。

私はそれと同じのを選んだ。

「美味しいね」

「そうね」

公園のベンチに腰掛けてはぐはぐとクレープを食べる。

そのまま会話のないまま手元にはクレープを包んでいた紙だけが残った。

「もう真っ暗だね」

ゆいはそういった。

「お別れだね」

続けてそう言う。

 「今日もあっという間だった。この先ずっとこんな感じの毎日が続いていくんだろうなって思ってたんだ。でもそんなことなかったね」

 私たちは今背中合わせで立っている。

後ろから聞こえてくるゆいの声は震えているように感じた。

「今日一日どうだった?」

私の声も震えていたと思う。

「楽しかったよ、なっちゃんと一緒だったから。たとえ今日が二人だけしかいなくても」

「そう、よかった」

目から雫が零れないように空を見上げる。

いつもよりきらきらと星が輝いて見えた。

「これでほんとにほんとにお別れだね」

「うん」

私の声は声になってなかったかもしれない。

「ばいばい……」

そう言って私の体をぎゅっと抱きしめてきた。

温かい、ちゃんとそこにいる。

たまらなくなって私は振り返った。

「ゆいっ……!」

だけどその言葉は誰にも届かなかった。

ついに私の目から涙が零れ落ちた。

私はただそこに立ちつくした。

後ろから誰かが砂を踏みしめ近づいてくる音がする。

「どうだったかい、最後にもう一回会えた彼女は」

そこに立っているのはクレープ屋のおじさんだった。

「……えぇ、あなたのおかげでちゃんとお別れできました」

腕で目元をゴシゴシと拭く。

「そう、それならよかった」

別れのとき私は後ろを向いてうなずくことしかできなかったが、それでよかった。

もし振り向いてしまったらまたもう一日を望んでしまうから。

「じゃあ、もう一日はいらないね?」

暗くておじさんの顔がよく見えない。

「はい、また同じ一日はいりません。でもその前の日に戻してください」

「それは、君の人生を捨てることと同じだよ」

暗闇の中声だけのやり取り。

「いいえ、昨日で止まりました。彼女が事故で死んだその日に」

「だから、その前へと戻るというわけか。でもいいのかね、君はこれから二度と彼女に逢うことはできない。他にも家族や学校の友達のみんなだ。それでも戻るというのかね」

低く重い声が伝わってくる。

「わかっています、今までの人生を捨ててでも救いたいのです。会えなくても希望がそこにある、それがあるだけで生きていけます」

ふぅっとおじさんが一息ついた。

「わかった、君に戻る力を授けよう。代償として君の時は止まる。でも死なないわけじゃない、戻った時のぶん寿命が減る、そしてそれが誰にも知られてはいけない。君の存在が消えてしまうから気を付けるように」

「はい」

短く返事をした。

暗闇の向こうで動く気配が感じる。

「音が鳴ったら君は過去に戻ってる、君が彼女を助けることができたら私のところに来なさい。最後に一つプレゼントをしよう」

そう言ってパキンと木の棒が折れたような音がした。

 

気が付くと公園のベンチに座っていた。

急いでポケットに入っている携帯を見る。

6月18日そう表示されていた。

彼女がゆいが死ぬ日の朝だ。

私は立ち上がった。

彼女を救うため、前へ進むため。

 

to be continued……?

 

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