奇跡の代償
世の中に存在するのだろうか。
「奇跡ってあると思いますか?」
誰かが話しかけてくる。
辺りを見回しても誰もいない。
声だけが空から降ってきた。
そんなもの存在しない。
だってそうだろう、奇跡が起こったらそれはもう奇跡ではない。
奇跡という現象が起きた時点で、どんなに可能性が低いものでもゼロではない。
可能性がゼロという状態、それがこの世に存在してはならない。
イチとゼロの間には無限の距離がある。
イチが存在できる状態だとするなら、ゼロは存在できないということになる。
存在できない出来事、それは人の認識を超えた世界。
奇跡があるのなら、認識できない世界から何かを取り出したことになる。
でも何を取り出したか、認識できる人はいない。
気付いた時にはもう、それは存在していたということだ。
だからわかっただろう?
奇跡が存在するしないの問題じゃない。
人には確かめる方法がないんだ。
見えない存在に向かって話しかける。
「僕の今の状態が奇跡ってことか?」
「……。」
声はどこからも聞こえてこなくて、僕はそれが答えか、と思うことにした。
目が覚めたときにも辺りを見回したが、どこまでも白く塗りつぶされていて、まるで天国と地獄を思わせる雰囲気だ。
一色に塗りつぶされた空間、そこに存在するは僕ただ一人。
ああ、思い出した、僕には記憶があるんだ。
目を覚ます前の光景、それは赤と黒と白がぐちゃぐちゃに混ざった色をしていた。
上下の感覚はなく、ただ重力を感じながら横たわっていた。
目の前に僕と同じように横たわった人がいる。
でも腕や足、首の角度が異常だった。
あやつり人形の糸が絡まったように全部がバラバラに異様なバランスで傾いていた。
飛び込んでくる色は赤黒くまるで、カーペットにしみ込んだ赤ワインのようだ。
染みはじわじわと広がってくる。
逃げようにも足が動かなかった。
いや、足どころか体全体が動かない。
はたと気付く。
よくよく見れば目の前の人は僕に似ている。
何をもって似ていると感じたのかは分からない。
でも似ている、そっくりだ、まるで鏡写しのように。
ああ、そうか、そうなんだ、やっと気づいた。
僕なんだ、目の前に転がる人だったものは。
「どうでしたか、奇跡は?」
奇跡?これが奇跡だって?
ただの悪夢じゃないか。
「いいえ、これが奇跡です。あなたは言ったではないですか、人が知覚できないものこそ奇跡だと」
僕が望んだのはこんなんじゃない!!
「望む、望まないは関係ないのです。奇跡が何を見せるかはそれぞれです」
僕はただ在ることだけ知りたかった。
「あなたの存在はここにはなかった、それだけです」
「もう時間です、あなたはあなたの在るべき場所へ」
僕はいったい何なんだ。
意識は薄れて、さっきから声にならない言葉、思いを誰かと交わしていた。
そして僕はゼロになった。
人は理由を求める。
魂となった存在だとしてもどうしてと。
理由がなければ生きていけないか弱い存在。
知って絶望してそして堕ちていく。
知らなくてもいいことも知りたいと願う強欲な心。
堕ちていった人の中に残るわずかな希望。
それはやがて光となり、新たな形となって世界に生まれ落ちる。
ゼロがイチになる。
人はそれを奇跡という。